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名古屋地方裁判所 昭和33年(行)22号 判決 1963年2月19日

原告 伏原五郎

被告 名古屋国税局長

訴訟代理人 林倫正 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三十三年三月十四日付でなした原告の昭和三十年度及び昭和三十一年度の所得金額並びに所得税額につき名古屋西税務署長のなした更正処分に対する審査請求を棄却する旨の審査決定はこれを取り消す。」との判決を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

(当事者双方の事実上の主張)

第一、原告の主張。

一、原告は紡織業を営み、通産大臣から原毛輸入のための外貨割当を受ける資格を有していた者であるが、昭和三十年六月頃原告所有の建物設備及び他からの借受機械設備一切を訴外日本醋酸人造繊維製品有限会社(以下単に日醋と略称する)に提供して同社に自己の経営を委任した。

二、原告は日醋に対する大口出資者であり、かつ同会社に経営委任をしていた関係上、自己に交付せられた外貨割当書を次のとおり、その都度委任状を添えて日醋に交付し、同社をして、外貨使用認可手続及び外貨使用等をさせていた。

(一) 昭和三十年八月十二日

一一、〇四〇ドル

(邦貨換算 三、九七四、四〇〇円)

(二) 同年十月十一日

二五、〇六〇ドル

(邦貨換算 九、〇二一、六〇〇円)

(三) 同日

一五、〇五九ドル

(邦貨換算 五、四二一、二四〇円)

(四) 同年十一月十一日

八、九五〇ポンド

(邦貨換算 九、〇二一、六〇〇円)

(五) 同日

一五、〇五九ドル

(邦貨換算 五、四二一、二四〇円)

(六) 昭和三十一年一月十一日

四、六一〇ポンド

(邦貨換算 四、六四六、八八〇円)

(七) 同年三月二十九日

六七〇ポンド

(邦貨換算   六七五、三六〇円)

(八) 同年五月二十四日

六、二七〇ポンド

(邦貨換算 六、三二〇、一六〇円)

三、ところが、昭和三十一年末頃通産省当局から右の様な経営委任の方法では今後外貨割当を受け得られないとの内示を受けたこと、また右の様な割当外貨を使用させる方法では外貨割当権の無償譲渡として税務処理上種々の不利益な認定、取扱を受けるとの税務当局の意向が示され、実際にもその様な事例を聞知するに到つたことから、原告は従来のような経営委任の方法で紡織業をなすことを廃業しようと決意し、原告と日醋との諸般の関係を清算する一段階として、同年十一月頃原告は日醋と従来の外貨使用関係につき協議し、当時外貨割当権が一般にも譲渡の対象とされ、いわゆる相場も立つていたので、原告と日醋との割当外貨使用関係についても前記外貨割当書の交付の年月日を基準としたプレミアムを付し、これを割当外貨使用権の譲渡代金とすることとし、次のとおりのプレミアム割合及び代金額を決定して、原告から日醋に譲渡し、その頃原告は日醋から譲渡代金合計一二、六三六、三九六円の支払を受けた。

(一) 前記(一)について

プレミアム割合

四〇パーセント

一、五八九、七六〇円

(二) 前記(二)について

プレミアム割合

四〇パーセント

三、六〇八、六四〇円

(三) 前記(三)について

プレミアム割合

二〇パーセント

一、〇八四、二四八円

(四) 前記(四)について

プレミアム割合

二五パーセント

二、二五五、四〇〇円

(五) 前記(五)について

プレミアム割合

一〇パーセント

五四二、一二四円

(六) 前記(六)について

プレミアム割合

三五パーセント

一、六二六、四〇八円

(七) 前記(七)について

プレミアム割合

五パーセント

三三、七六八円

(八) 前記(八)について

プレミアム割合

三〇パーセント

一、八九六、〇四八円

合計

一二、六三六、三九六円

四、原告は昭和三十二年三月十五日名古屋西税務署長に対し、右外貨割当の譲渡による所得を一括して昭和三十一年度の譲渡所得として計上し、課税対象所得は、三、三四三、七七〇円、所得税総額一一、八一八、二〇五円と申告した。従つて、原告の昭和三十年度の所得税申告には右外貨割当の譲渡による所得を計上せず所得税総額五、五〇二、四九〇円として申告した。

しかるに西税務署長は昭和三十二年十月十日原告に対し右外貨割当の譲渡による所得をいずれも所得税法上所謂雑所得と認定した上、前記外貨割当の譲渡による所得中昭和三十年度の課税対象所得は九、〇七五、一七二円、同年の所得税総額は一一、四〇一、三七五円、外貨割当の譲渡による所得の中昭和三十一年度の課税対象所得は、三、五五六、二二四円、同年度の所得税総額は一一、九五六、二六〇円とそれぞれ更正決定をなした。

そこで原告は右更正決定を不服として被告に対し審査請求を申立てたところ、同局長は昭和三十三年三月十四日付を以て右審査請求を棄却する旨の決定をなし、同月十五日原告はその通知を受けた。

五、本件外貨割当の譲渡による所得は、本来昭和三十一年度の所得に属するものであり、かつまた本来譲渡所得又は一時所得と認定すべきものなるところ、被告の審査決定は右の如く、これを昭和三十年度及び昭和三十一年度の各所得に夫々二分し、かつこれをいずれも雑所得と認定したのであつて明らかに違法不当な処分であるから取消されるべきものである。

六、(一) 次に原告は、本件外貨割当を受けるため次のとおりの支出をした。

(イ) 家屋取得税            二七九、四二〇円

(ロ) トツプ設備加入金(紡績会)      五、〇〇〇円

(ハ) 旅費交通費(昭和三十年分)  一、九八二、四八〇円

(ニ) 減価償却費(昭和三十年分)    三四五、七五〇円

(ホ) 火災保険料            一〇一、三八四円

(ヘ) 固定資産税(昭和三十一年分)   一〇一、四三〇円

(ト) 減価償却費(昭和三十一年分)   四四三、七一二円

(チ) 旅費交通費(昭和三十一年分) 一、八三九、六八〇円

(リ) 交際費              三〇〇、〇〇〇円

(ヌ) 手数料              四〇〇、〇〇〇円

以上合計                 五、七九八、八五六円

(二) 仮に本件外貨割当の譲渡による所得が被告主張の如く事業所得に該り、右支出が本件外貨割当を受けるためのものでないとしても、原告の事業上必要であつた経費支出分である。

(三) 原告は右合計五、七九八、八五六円を必要経費として控除し、所得金額を六、八三七、五四〇円と確定申告をなしたが、税務署長はこの必要経費の全部を否認した。原告は昭和三十二年十月三十一日同署長に対し、昭和三十年度、昭和三十一年度分の各所得税の再調査請求を為し、その際必要経費の明細を明らかにした。しかるに同署長はこれを否認し、被告は審査決定において右署長の処置をそのまま認めている。右支出はいずれも本件外貨割当を受けるため、もしくは原告の紡織業経営上支出したものであり、税法上支出の部に計上されるべき諸経費であるから、被告の処分はこの点においても違法であり取消されるべきである。

第二、被告の答弁及び主張。

一、原告の主張事実第一項中、原告が紡織業を営み通産大臣から原毛の輸入許可に必要な外貨の割当を受けていたこと、第二項の事実全部、第三項中原告がその主張の割合のプレミアムを譲渡代金として原告に対し割当られた外貨割当を日醋に譲渡した事実、第四項の事実全部、第六項(一)の(ロ)のトツプ設備加入金五、〇〇〇円の支出及びこれが必要経費として算入されるべきものであることはいずれもこれを認める。第三項中昭和三十一年十一月頃原告が日醋と協議して既に原告が日醋に使用させていた割当外貨使用関係について原告主張の外貨割当書の交付の年月日を基準としたプレミアムを付し、これを割当外貨使用権の譲渡代金とすることにして、原告から日醋に譲渡し、その頃譲渡代金合計一二、六三六、三九六円の支払を受けたとの主張事実、第五項の事実、第六項(一)のうち(ロ)を除くその余の費用が本件外貨割当の譲渡による所得の必要経費であるとの主張事実はいずれも否認する。

二、(一) 原告は、原告主張第一項の各日にその主張する自己に割当られた外貨割当の使用を訴外日醋に許容し、その対価として第三項の譲渡代金を受領したのである。原告は外貨割当を受ける資格のある紡織業を営み、かつ設備を保有していたからこそ、原毛輸入に必要な外貨の割当を受けたのである。しかるに原告は、自からこの割当外貨を使用しないでこれが使用を日醋に許容し、その対価として原告主張の譲渡代金を受領したものであるから、その収入は原告の事業たる紡織業の附属行為から生ずる収入であると解するの外はない。従つて原告の右の収入は所得税法第九条第四号の事業所得に該当するものであるといわざるを得ない。

(二) 仮に事業所得でないとするならば、譲渡所得、一時所得にあたらないから雑所得というべきである。けだし、譲渡所得たるためには資産の譲渡による所得であることを必要とするところ(同法第九条第八号)、本件のいわゆる外貨割当権の譲渡なるものは資産の譲渡というよりもむしろ外貨割当の使用を他人に許容することに対する対価たるにすぎないのだからである。また、原告のプレミアム収入は昭和三十年から同三十一年の両年にまたがつて、しかも前後八回にわたつて行われた取引によつて得た所得であるから一時の所得といい得ないとともに、本件所得が営利を目的とする行為でない行為から生じた所得であるということはできない。従つて本件所得は一時所得にも該らない。

従つて、原告主張第二項中(一)乃至(五)の割当外貨を日醋に使用させたことによつて得た収入合計九、〇八〇、一七二円から必要経費五、〇〇〇円を控除した九、〇七五、一七二円を原告の昭和三十年度所得に計上し、その余の(六)乃至(八)の割当外貨を使用させたことによつて得た収入合計三、五五六、二二四円を原告の昭和三十一年度所得に計上し、これら所得をいずれも雑所得として課税した被告の処分は正当である。けだしこれら所得が事業所得、雑所得のいずれに属するとしても所得税法上課税の結果に何等差異がないからである。

三、原告主張第六項(一)のうち(ロ)のトツプ設備加入金を必要経費と認め、その余についてこれを必要経費と認めなかつたのは、次のような理由による。

(イ) 家屋取得税について。仮に本税が原告の事業用資産たる不動産の取得に対する税であるとしてもこの種の税は当該不動産の取得原価を構成するから必要経費とはならない。

(ロ) 旅費交通費(昭和三十年、三十一年分)について。原告はこれを原告の元住所たる京都から原告個人の営業所たる名古屋市内所在のノーブルトツプ製造所までの通勤費であるから、必要経費であると主張するものの如くであるが、当時原告は日醋の代表取締役であつたから、当時原告は同会社に出勤する必要があり、かつまたこれに対して相当額の給料の支給を受けていた。しかるに給与所得に対しては所得税法上は別に通勤費その他の必要経費としては控除しないが、その代り給与所得に対しては法第九条第一項第五号に一定金額を収入金から控除することになつている。従つて原告主張の旅費交通費が仮に必要経費を伴うとしても、既に日醋から受ける給与所得の必要経費の意味で税法上控除されているから、更にこれをノーブルトツプ製造所への通勤のための必要経費として控除することは同一の経費を二重に控除することになるから原告の主張は不当である。

(ハ) 減価償却費(昭和三十年、三十一年分)について。原告の事業所得の収入金には前掲プレミアム収入の外に日醋に対する建物その他の設備の賃貸料の収入を見積りこれを収入金に加算しなければならないが、被告は便宜上これを省略し、その代りにこれらの賃貸物についての諸経費、例えば原告主張の減価償却費、固定資産税、火災保険料、その他の諸経費をもこれを必要経費として計上することを省略したものであつて、本件において被告の課税には、原告の賃貸利益を見積らなかつたことによる課税漏れがあるとしても、課税超過の違法があるとの非難はあたらない。

(ニ) 火災保険料について。この保険料は原告の支払つた保険料ではなく、日醋が支払つた保険料であると推定されるから、これを以て原告の事業所得の必要経費とすることはできない。

(ホ) 固定資産税について。事業用固定資産と住宅用等の非事業用固定資産に対する固定資産税とを区別摘示していない。

(ヘ) 交際費について。仮に原告がその主張する額の交際費を支出したとしても、原告個人の私生活上の費用であるか、然らずんば原告が代表取締役である日醋の費用として支出したものと推定される。

(ト) 手数料について。仮に原告がその主張の手数料を支出したとしても、この費目の使途は原告の主張自体詳かでないので、機械の据付けに要した費用をいうものと臆測する。果してそうであるならば、これはその機械の取得原価に算入すべきであつて、これを必要経費に算入すべきではない。

仮に右(ニ)乃至(ト)の費用が原告の事業所得に対する必要経費であるとしても、右(ハ)の減価償却費の項において述べた如く、これらの経費は建物その他設備の賃貸料から差引かるべきものであるから、これらの必要経費の対応収入金たる賃貸料を収入金に加算しないで必要経費だけを損金に計上せよと主張する原告の主張は理由がないし、右見積り賃貸料はこれら経費を償つて余りあるべきであるから、被告の決定は不当ではない。

第三、被告の主張に対する原告の反駁。

一、原告が日醋に対しなした外貨割当権の譲渡は、原告が日醋に経営委任をしていた関係上同会社に無償で、事実上使用させていた外貨割当権を後になつて原告の個人経営の紡織業を廃業清算する便宜上、外貨の割当又は使用当時の時価によりプレミアムを計算して日醋に対する譲渡代金を決定し、これを一括して支払を受けたものであつて、それ自体一回的な法律行為である。しかも原告は自己の紡織業を廃業するための処理上右のような処置をとつたのであるから、営利継続性を有するものでもなく、従つて附属的商行為とすることを得ないものである。

外貨割当権は、一般に取引の対象とされている一種の財産権というべく、法人税処理上税務当局としてもこれを一種の資産とみなして簿記上の取扱を承認しているから、本件においても所得税法上の資産とみるべきものである。従つて譲渡所得と認定するに何ら妨げない。以上本件外貨割当権の譲渡による所得は、譲渡所得又は一時所得と認定すべきものである。

二、被告は原告が日醋に建物設備等を提供している関係を賃貸借であるとしているが、この点は争う。なお原告主張の旅費交通費、交際費については日醋からは全く支給を受けていない。

(証拠)〈省略〉

理由

一、原告が紡織業を営み、通産大臣から原毛の輸入に必要な外貨の割当を受けていたこと、原告は訴外日本醋酸人造繊維製品有限会社(以下単に日醋と略称する。)の大口出資者であり、かつ同会社に経営委任をしていた関係上自己に交付せられた原告主張の外貨割当書を、原告主張の日時、その都度委任状を添えて日醋に交付し、同会社に外貨使用認可手続及び外貨使用等をさせていたこと、原告がその主張の割合のプレミアムを日醋から譲渡代金として、受領したことは当事者間に争いがない。

二、原告は当初無償で本件外貨割当書を日醋に交付したのであるが、昭和三十一年十一月頃に至つて右外貨割当書の交付年月日を基準としたプレミアムをもつて外貨割当権の譲渡代金とし、その頃右譲渡代金合計一二、六三六、三九六円を一括して日醋から支払を受けたもので、それ自体一回限りの行為であると主張し、被告は原告が右外貨割当書を日醋に交付し原告に割当られた外貨の使用を同会社に許容した各日に、その都度、原告主張のプレミアムを譲渡代金として受領したのであると主張するのでこの点について審究する。原告本人尋問の結果(第一、二回共)の一部によれば、原告は昭和二十九年頃ノーブルトツプ製造所なる名称を以て紡織業を経営しようと企図し、名古屋市西区又穂町二丁目一番地に平屋建工場建物を建築し、自己所有及び他より借入のトツプメーキング用機械を設置し、通産省より原料の原毛輸入に必要な外貨割当を受け得る設備を整えた上、同省に対し原毛輸入のための外貨割当の事前申請をなした。しかしその後労働力確保等の問題もあつて生産開始にまで至らず、右工場建物全部を日醋に提供して経営を委託させることとしたが(もつとも経営委任の実体が、委任そのものか、賃貸借か、はたまた日醋に対する現物出資かは本件全証拠によるも明確ではない)通産省に対する関係では右の事情を明らかにせず、自己個人で紡織業を開業したものの如く装い、原告主張の如く八回に亘り同省より外貨の割当を受けたことが認められる。そうして証人山田実の証言、その証言及び文書の形態、記載内容からみて真正に成立したものと認められる乙第二号証、第四号証、成立に争のない乙第三号証並びに弁論の全趣旨を綜合すると次の事実が認められる。原告は自己に交付された外貨割当書を用いて自から割当外貨を使用することなく、左の日時、代金にて、右外貨割当書に委任状を添えてこれを日醋に譲渡し、同社をして爾後の外貨使用認可手続及び外貨使用等をさせた。

すなわち、

(一)  昭和三十年八月十二日、一一、〇四〇ドル(邦貨換算三、九七四、四〇〇円)の外貨割当を、代金一、五八九、七六〇円(四〇パーセントのプレミアム)で、譲渡し、同日右代金を受領した。

(二)  同年十月十一日 二五、〇六〇ドル(邦貨換算九、〇二一、六〇〇円)の外貨割当を、代金三、六〇八、六四〇円(四〇パーセントのプレミアム)で、

(三)  同日 一五、〇五九ドル(邦貨換算五、四二一、二四〇円)の外貨割当を代金一、〇八四、二四八円(二〇パーセントのプレミアム)で各譲渡し、同日原告は右(二)(三)の代金合計四、六九二、八八八円中五三一、八一〇円については小切手にて、爾余の代金については原告が同会社より仮払を受けていた借入金員と対等額において相殺して決済した。

(四)  同年十一月十一日 八、九五〇ポンド(邦貨換算九、〇二一、六〇〇円)の外貨割当を、代金二、二五五、四〇〇円(二五パーセントのプレミアム)で譲渡し、同日小切手にて右代金を受領した。

(五)  同日 一五、〇五九ドル(邦貨換算五、四二一、二四〇円)の外貨割当を代金五四二、一二四円(一〇パーセントのプレミアム)で譲渡し、同日小切手にて右代金を受領した。

(六)  昭和三十一年一月十一日 四、六一〇ポンド(邦貨換算四、六四六、八八〇円)の外貨割当を、代金一、六二六、四〇八円(三五パーセントのプレミアム)で譲渡し、同日小切手にて右代金を受領した。

(七)  同年三月二十九日 六七〇ポンド(邦貨換算六七五、三六〇円)の外貨割当を、代金三三、七六八円(五パーセントのプレミアム)で譲渡し、同日現金にて右代金を受領した。

(八)  同年五月二十四日 八、一四〇ポンド(邦貨換算八、二〇五、一二〇円)の外貨割当を、代金二、四六一、五三六円(三〇パーセントのプレミアム)で譲渡し、同日小切手にて右代金を受領した。しかし、その後外貨割当の譲渡価格の相場が下落したので、同年十二月二十五日右代金を一、八九六、〇四八円に減額することとし、恰も六、二七〇ポンド(邦貨換算六、三二〇、一六〇円)の外貨割当を、代金一、八九六、〇四八円(三〇パーセントのプレミアム)で譲渡したものとみなし、差額五六五、四八八円は原告の日醋に対する借入金とした。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人森豊の証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)は措信し難いし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そうして成立に争のない乙第一号証、証人森豊の証言(前記措信しない部分を除く)、原告本人尋問の結果(第一、二回共)(前記措信しない部分を除く)によれば、紡織業者間においては昭和二十九年乃至三十一年頃通産省より交付せられた原毛買付のための外貨割当書に委任状を付してこれを他に譲渡する方法により所謂外貨割当権の売買が頻繁に行われていたこと、そうして外貨の需給関係から外貨割当権の譲渡価格について業界内に自然相場が構成されていたこと、原告はこの相場を参考として日醋との間に前記の譲渡代金を決定したことが認められる。

しこうして所得税法上事業所得とは経済的利益の取得を伴う事業活動によつて得られた所得をいい、ここでいう事業とは、事業者の本来企図していた事業に限らず社会通念上事業と認められるべきもの一切を包含するものであるところ、右認定の如き事情の下に原告が自己に割当てられた外貨を自ら使用することなく、他にこれを譲渡することにより得た利益は、原告の事業活動により得た利益にほかならないから、これを所得税法上事業所得とみるべきである。

三、次に原告主張の外貨割当を受けるための必要経費について順次審究する。

(イ)  原告が紡績会に対するトツプ設備加入金五、〇〇〇円を支出したことは、当事者間に争がないが、右支出が所得税法上必要経費に該当するか否かは法律問題であつて自白の対象とならないので、この点について考えるに、成立に争いのない甲第十号証、原告本人尋問(第二回)の結果の一部によれば、日本羊毛紡績会は通産省との関係で羊毛紡績機械設備を確認し、同会に加入公認された機械設備に対してのみ原毛買付けのための外貨割当がなされることとなつており、原毛買付けのための外貨割当を受けるには、まず同会に加入し公認を受けねばならないから、同会加入金は外貨割当を受けるための必要経費であると認められる。

(ロ)  旅費交通費。原告本人尋問(第二回)の結果の一部によれば、当時原告は自己の個人経営に係るノーブルトツプ製造所と同一構内に存した日醋の代表取締役の地位にあり、常時同会社に出勤する必要があつたことが認められ、これと右尋問によつて真正に成立したものと認め得る甲第六号証の二の記載内容を併せ考えると、原告主張の旅費交通費は大部分日醋に出勤のため要したものと推認せられ、その他全証拠によるも原告主張の外貨割当を受けるために必要な旅費交通費を特定することができない。

(ハ)  交際費。成立に争のない甲第十三号証の二乃至六によつて認められる経費中には、その記載内容からみて日醋の経費と推認せられるものがあり、その余については外貨割当を受けるために必要な経費であるとの直接の関連性を認め得るものがなく、その他全証拠によるも原告主張の外貨割当を受けるために要した交際費を認め得ない。

(ニ)  家屋取得税、減価償却費、火災保険料、固定資産税、手数料。外貨割当を受けるためには一定の工場建物、機械設備を有することが必要であり、しかもこれらの建物、設備を維持しなければ引き続き外貨の割当を受けることはできないことになるわけで、そのための建物、機械を取得し、これを維持していくに伴い当然家屋取得税、減価償却費、火災保険料、固定資産税を支出するわけであるが、もともとこれらの工場建物、機械は原告が紡織業を経営するために取得しあるいは設置したものであつて、ただ原料たる原毛買付けに必要な外貨割当の関係において、一定の工場建物、機械を有することが割当を受けるための資格要件とされていたのにすぎず、原告主張の家屋取得税、減価償却費、火災保険料、固定資産税、機械設備の手数料の如き経費は原告が本来の紡織業としての事業活動をなしたことによつて得た収入に対する必要な諸経費に帰属させるべきであつて、外貨割当権を売却したことによつて得た収入に対する直接必要な経費と認むべきものではないと解すべきであるから、原告のこの点に関する主張は採用することができない。

四、次に、原告の仮定的主張たる原告主張の経費が原告本来の事業たる紡織業の経営上必要であつた経費であるとの主張について考察するに、必要経費の主張立証責任は納税義務者たる原告にあるものと解すべきであり、しかもこれが主張立証は納税義務者の事業収入との関係で特定の支出に係る経費がこれに対応する事業収入を得るために必要な経費であつたことを明らかにしてなすべきものである。ところで、被告の原告に対する課税が、前掲外貨割当権の売却により得られた収入に対してなされ、ほかに、原告が日醋に経営委任の方法によりなしていた本来の事業たる紡織業によつて得た収入に対しても課税された事は、本件全証拠によるもこれを認めることができないから、結局原告の主張はこれら本来の事業収入と関係なく必要経費のみを控除すべきであるというに帰着し、到底採用することができない。

五、従つて、第二項(一)乃至(五)の外貨割当を日醋に譲渡し、同社をして割当外貨を使用させたことによつて得た収入合計九、〇八〇、一七二円から紡績会に対するトツプ設備加入金五、〇〇〇円を必要経費として控除した残余の九、〇七五、一七二円を原告の昭和三十年度事業所得に計上し、その余の(六)乃至(八)の外貨割当を日醋に譲渡して同社をして割当外貨を使用させたことによつて得た収入合計三、五五六、二二四円を原告の昭和三十一年度事業所得に計上すべきものである。しかるところ、被告はこれら所得を雑所得として課税しているが、事業所得と認定するか雑所得と認定するかによつて課税の結果に何ら差異がなく、経済的利害得失はないので、結局被告の審査決定は相当であり、原告の請求は理由がない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小渕連 竪山真一 朝岡智幸)

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